東京優駿 -回顧-
関東の名手が誘った名勝負。
ハーツクライとフジキセキか。
馬から飛び降りた検量室。やはり、そこは横山典弘である。雨のダービー初制覇の時とは違う。
ダービージョッキー。ライバルであり、盟友でもある正義君が感じるその絶望的な格差。勝負は平等にはできない。
同期のユタカが見事にリードしてくれて、何とも心強いと思っていたのに。前の2頭が、突如脱落…。
きっと、ノリちゃんだって、彼らが粘っていたらもっと困ってはずだ。
ああ…。悲しいけど、来年がある。気持ちはいつでも一年生。騎手はダービーの前では、ただの小僧である。
しかし、それを勝つだけで永遠を手に入れられる。こんな魔法が、他の世界にもあるとは思えない。
蛯名正義は、横山に尊敬の念を持ちつつ、それでもずっと変わらない関係性を保てるのは、その意味を深く理解しているからに違いない。
男になった、橋口弘次郎。いくら名伯楽と言われても、ダービートレーナーでなければ、虚しくもある。
言うなれば、父ハーツクライを管理し、その奥手の才能を引き出すためにルメールとこの横山を乗せ、今度は息子の大勝負に向けた采配として、同じ策を講じた妙と縁が勝因だろうか。これで、もう後ろ指をさされることもない。
そして、国分優作もダービーを明確に意識することになるのだ。
うまくなりたい。早く。
オーナーの側も、喜ばしいのは事実だが、ここは橋口先生への感謝や祝福で十分だろう。騎手とオーナーが持つ縁と運。ダービーは凄い。
イスラボニータはついてなかったが、同時に正攻法の限界を示してしまった。展開上の不利はあったが、坂で交わされていたら、差し返してももう絶対届かない。
大分バカにしていた毎日杯の勝ち馬・マイネルフロストが3着。馬券はいいとしても、岡田さん…。勝っているかどうかの差もあったか。
ユタカの勝負を賭けた好位付けに応えきれなかった高馬・トーセンスターダムのラチ激突に、厳しい戦いの一端が見て取れた。
知っているからこその積極策が、馬の120%の力を引き出すリスクを、天下の武豊が認識していないはずがない。だからこそ、持っていない馬の敗走に、妙に感傷的になってしまった。残念だ。
金で買えないダービーオーナー、である。
「普通をあきらめざるを得ない枠だった」
「普通に乗れれば、今度こそ勝てるかもしれない枠だった」
ダービー複数回制覇騎手が刻んだ81thダービー戦記。
改めて、身が引き締まる。
優駿牝馬 -回顧-
9年越しの返り討ち。
「有馬記念のデジャヴ」
上位3頭の父が、最初で最後の直接対決をした時と同じだった。
ディープはもちろん1番人気。強敵と目されたのは、オークスへ異例のローテで挑んだバウンスシャッセの父・ゼンノロブロイ。引退レースの応援票もあったが、前年覇者であったことも大きく支持を集める要因となり6倍台の2番人気。
が、この2頭の父のパドック。正直、危ないと思わせるものがあった。
元気のなかったディープは、捲ってはいったが、いつものトップギアの向こう側にある何かが開放されることなく、またゼンノロブロイは、プラス体重以上にやる気のない切ない気配を漂わせ、結果もその通り、何もさせてもらえず沈んでいった。
この日のオークス。
そんな父のように体調面におけるマイナス面が、季節柄もあるが、この勝負を分けたという印象はない。
それぞれいい仕上げで、いい結果を出せそうだった。
でも、極論牝馬同士ならば、距離延長で何かが起こっても不思議じゃない。
ハープスターの敗因は距離であり、ヌーヴォレコルトの秘めたる最大の底力が発揮された要素も、この距離、この馬場だったことは誰にだってわかる。
バウンスシャッセもそれと似たようなもの。
が、父たちがあの日、何をもってその着差になったのかを分析すると、
「苦手だと思われるコースで、全てを出し切ったため」 ハーツクライ
「苦手かもしれないが、ここは力で押し切りたい」 ディープインパクト
「目標はここにあったから、しっかりと準備をして何とか一発を…」 ゼンノロブロイ
体調の分、着差は3頭ギュッと詰まったが、結局蛙の子は蛙。
実力差はあっても、着順に反映されるとは限らない。それが競馬だ。
ヌーヴォレコルトの底知れぬ活力と、複雑な心境ながら、それでも仕事をこなせばならない覚悟を持った岩田騎手のベストパフォーマンスを、ただ素晴らしいと評価すればいいのだ。
一回きりの魅力が、クラシック競走には凝縮されている。何だか、清々しい。
敗因は距離だろうが、体調が悪いということが言い訳できないことに、問題がどの程度あるかわからないのがハープスター。
マイルがベストで、その戦法はあまり褒められたものじゃないけど、父があの日を経て成長したようなことも期待できなくもない。
挑戦して始まる何かもある。行った方がよい。
ヴィクトリアマイル -回顧-
ある種の壁が突き破られた翌週も、また逃げ切り。
思えば、ヴィルシーナは昨年も積極策で活路を見出していた。今年も外から芦毛が迫り、内から二冠牝馬とスプリントGⅠを落とした同期が追いすがる厳しい叩き合い。
序列は結局、昨春と大差なし。
高齢馬には苦しいハイスピードマッチ。ホエールキャプチャに昨年以上の競馬を求めるのは酷だろう。
皆よく頑張った。オッズが示した上昇力は、東京マイルで求められる底力によって相殺され、真の底力が露わに。
その結果が、半馬身、アタマ、クビ、ハナの差という形で掲示された。
つまり、ここがベストの条件という馬は、このレースにはウオッカと昨年の1,2着馬しか出てきていないということなのだろう。
結局ディープ。父同様根幹距離向きのチャンピオンサイヤーであることを、改めて証明した。
本質中距離向きのイメージは強いが、凱旋門賞で思わず先行してしまったような性質も、ディープの子ども達には伝わっているのである。血は争えないことの見本だ。
この日オーナーは、ゴルフ場にいたそうだ。愛馬1年ぶりの快走は、回り道をしてボロボロになりながらも同期にプライド見せたオーナーのラストショットを想起させた。
ここに清原はいなかったが、その分色々なライバルと戦えた。幸せな話だ。
クロフネサプライズの逃げを封じたことで、再びその腕にスポットライトが当てられることとなった内田騎手。
長らく勝利騎手インタビューがなかったから、本当に久々の
「ありがとうございます」
を拝聴できた。
人間のドラマは、競馬にもなぞられるように奇異な足跡を辿るもの。
ドバイでリベンジを果たしたジェンティルドンナのライバルだったと思い出せば、タフな競馬で目覚めて不思議じゃなかった。
本物は必ず息を吹き返す。
上位2頭は、ずっと繋がらなかった古牝馬の2GⅠをともに連対した史上初と二番目の馬。
4、5歳世代は、5歳がスピード戦にも対応できるタイプが多く、4歳は総合力で勝負したい馬が多い。
絶対女王が出走してきたわけではないが、エリザベス女王杯の結果もある意味では反映している納得の結果。
結局は…、知っていることの中で読み解ける競馬だったわけだ。
惜しむらくは、ヴィルシーナの競馬をデニムに…。まだ若いか。
NHKマイルC -回顧-
東京のマイルで1分34秒の壁を突き破って押し切った。ミッキーアイルの功績は、偉業とも言える。
前々年も人気に推されながら逃げ切り楽勝を決めたカレンブラックヒルはいるが、勝ち時計は良馬場では平凡もいいところの1:34.5。
彼は先日復活勝利を挙げたが、馬場差や競馬場そのものの差はあっても、1:34.6。
マイルGⅠで逃げ切れれば、確かに総合力が問われる距離だから、当然決まれば一番強いと言えるが、如何せん勝てる確率が、粋のいい戦法の割に低すぎるから、みんな敬遠するのだ。
ここで引き合いとして出すことが適当かは判らないが、ニッポーテイオーがはるか大昔の安田記念で、ダイナアクトレスの追撃をしのぎ切った際が1:34.2だった。当時としても、特別速い決着ではなかったから、時代がどんなに経過しても、逃げ切りに制約が多いことは不変の真理。
この馬場だから、当然勝つにしてもこのくらいの時計になることはわかっていたが、速くてもダメ、遅くてもダメという、ギリギリのラインがレコードタイムに少しでも近づいたことは喜ばしい。
それを知っていようがいまいが、歴史が証明してきた
「東京マイルの壁」
は皆の共通認識。数少ない逃げ切り勝ちの馬は、いつの時代も勇敢なヒーローとして迎え入れられる。痛快だ。
ロックオブジブラルタルの肌にディープインパクト。
ミッキーアイルの未来を血筋から推測するのは容易だろうが、その性質は彼らとはまるで違うのだろう。
もし血のなせる業と言い切れるものがあるとすれば、それは人気に応えるために否応なく生じる人間側の焦りを消し去る勇気を与えてくれることだろうか。
名馬の血には、人間には計り知れない不思議な力が宿っているもの。1番人気だったことに意味があったのかもしれない。
超人気薄が最後突っ込んできたが、好調の関東騎手に関西馬なら納得か。タガノブルグは、ミッキーアイルの逃げ切りを信じられたなら、真っ先に買いたかった馬なのだが…。
勝ち馬のレースとして展開された競馬。
ダービーはおろか、他距離においてもこの結果は直結しないように思う。
クラシック本戦に挑戦し、マイル適性を確認できた4、5着馬にはまだチャンスはあるだろうが、それ以下のグループは再鍛錬が必要だろう。
上半期GⅠ前半回顧
「世紀の」コパノ風で始まったGⅠシーズン。
世紀の波乱を馬券的視点から捉えると、今までのダートGⅠ単勝最高払戻額は、
11フェブラリーS テスタマッタ 2430円
03JCダート フリートストリートダンサー 4930円
27210円という結果には、馬券狂の期待も最高潮に。
で、次は世紀の不良馬場になったのだが…。
鞍上がゴール前からブーンと飛んでいくくらいの大楽勝という結果。
少々余計な出費を強いられたオーナーは、ずっとリチャードには肩入れしていたから、こちらは念願成就の初タイトル獲得。
「勝負事で儲けたらパッと使え」
穴好きの裏読みが幸運を運んできた。
古馬最高の栄誉を争った好カードは、結局長距離GⅠの実績馬同士の決着。
秋とは違い、入れ替わりの激しさがあるわけでも、実力が直接反映されるとも限らない特殊なレースだから、速さという要素も加わると、中距離型には難儀な条件なのだ。
ここまで、人気を集めた馬が全敗。この不穏な空気は続きそう。
一方、妥当な線で決まった牡牝一冠目。
桜花賞は戦前から想定されたビッグマッチで、世界前哨戦の意味合いも兼ねていた。ハープスターは確かに凄いが、2着レッドリヴェールの底力にも驚愕。
3戦連続休み明けで重賞を連対した馬というと、ビワハヤヒデが思い浮かぶが何か違う。ステイゴールド産駒独特の存在感があって、不思議な魅力が武器だ。
ダービーのことは忘れて、皐月賞単体で見ると上位2頭の中距離適性は高さを確認できた牡馬一冠。それぞれが持ち味を出して、適性や完成度が反映された結果。
大舞台に向け、トライアル時点から各馬の動きの再チェックが肝要だ。